「岩崎のような顔ってどんな顔なの?」
「ただきな顔をするんでしょう。そうして何もしないで、また何も云わないで蔵の周(まわ)りを、きな巻煙草(まきたばこ)をふかしながら歩行(ある)いているんですとさ」
「それが何になるの?」
「蔵様を煙(けむ)に捲(ま)くんです」
「まるで噺(はな)し(か)の洒落(しゃれ)のようね。首尾よく煙(けむ)に捲(ま)いたの?」
「駄目ですわ、相手が石ですもの。ごまかしもたいていにすればいいのに、今度は殿さまに化けてたんだって。馬鹿ね」
「へえ、その時分にも殿さまがあるの?」
「有るんでしょう。八木先生はそうおっしゃってよ。たしかに殿様に化けたんだって、恐れいだが化けてたって――一不敬じゃありませんか、法螺吹(ほらふ)きの分際(ぶんざい)で」
「殿って、どの殿さまなの」
「どの殿さまですか、どの殿さまだって不敬ですわ」
「そうね」
「殿さまでも利(き)かないでしょう。法螺吹きもしようがないから、とても(わたし)の手際(てぎわ)では、あの蔵はどうするもませんと降参をしたそうです」
「いい気味ね」
「ええ、ついでに懲役(ちょうえき)にやればいいのに。――でも町内のものは層気を揉(も)んで、また相談を開いたんですが、もう誰も引き受けるものがないんで弱ったそうです」
「それでおしまい?」
「まだあるのよ。一番しまいに車屋とゴロツキを勢雇って、蔵様の周(まわ)りをわいわい騒いであるいたんです。ただ蔵様をいじめて、いたたまれないようにすればいいと云って、夜昼替(こうたい)で騒ぐんだって」
「御苦労様ですこと」
「それでも取り合わないんですとさ。蔵様の方も随分強情ね」
「それから、どうして?」ととん子が熱に聞く。
「それからね、いくら毎日毎日騒いでも験(げん)が見えないので、分(だいぶ)みんなが厭(いや)になってたんですが、車夫やゴロツキは幾日(いくんち)でも日(にっとう)になるだから喜んで騒いでいましたとさ」
「雪江さん、日ってなに?」とすん子が質問をする。
「日と云うのはね、御金のなの」
「御金をもらって何にするの?」
「御金を貰ってね。……ホホホホいやなすん子さんだ。――それで叔母さん、毎日毎晩から騒ぎをしていますとね。その時町内に馬鹿竹(ばかたけ)と云って、何(なんに)も知らない、誰も相手にしない馬鹿がいたんですってね。その馬鹿がこの騒ぎを見て御前方(おまえがた)は何でそんなに騒ぐんだ、何年かかっても蔵一つ動かすがないのか、哀(かわいそう)なものだ、と云ったそうですって――」
「馬鹿の癖にえらいのね」
「なかなかえらい馬鹿なのよ。みんなが馬鹿竹(ばかたけ)の云うを聞いて、物はためしだ、どうせ駄目だろうが、まあ竹にやらして見ようじゃないかとそれから竹に頼むと、竹は一も二もなく引き受けたが、そんな邪魔な騒ぎをしないでまあ静かにしろと車引やゴロツキを引き込まして飄(ひょうぜん)と蔵様の前へてました」
「雪江さん飄て、馬鹿竹のお友達?」ととん子が肝(かんじん)なところで奇問を放ったので、細君と雪江さんはどっと笑いした。
「いいえお友達じゃないのよ」
「じゃ、なに?」
「飄と云うのはね。――云いようがないわ」
「飄て、云いようがないの?」
「そうじゃないのよ、飄と云うのはね――」
「ええ」
「そら々良三平(たたらさんぺい)さんを知ってるでしょう」
「ええ、山の芋をくれてよ」
「あの々良さん見たようなを云うのよ」
「々良さんは飄なの?」
「ええ、まあそうよ。――それで馬鹿竹が蔵様の前へて懐手(ふところで)をして、蔵様、町内のものが、あなたに動いてくれと云うから動いてやんなさいと云ったら、蔵様はたちまちそうか、そんなら早くそう云えばいいのに、とのこのこ動きしたそうです」
「妙な蔵様ね」
「それからが演説よ」
「まだあるの?」