「叔母さん、この油壺が珍品ですとさ。きたないじゃありませんか」
「それを吉原で買っていらしったの?まあ」
「何がまあだ。分りもしない癖に」
「それでもそんな壺なら吉原へ行かなくっても、どこにだってあるじゃありませんか」
「ところがないんだよ。滅(めった)に有る品ではないんだよ」
「叔父さんは随分石蔵(いしじぞう)ね」
「また供の癖に生意気を云う。どうもこの頃の女生は口が悪るくっていかん。ちと女でも読むがいい」
「叔父さんは保険が嫌(きらい)でしょう。女生と保険とどっちが嫌なの?」
「保険は嫌ではない。あれは必なものだ。未の考のあるものは、誰でも這入(はい)る。女生は無の長物だ」
「無の長物でもいいよ。保険へ這入ってもいない癖に」
「月から這入るつもりだ」
「きっと?」
「きっとだとも」
「およしなさいよ、保険なんか。それよりかその懸金(かけきん)で何か買った方がいいわ。ねえ、叔母さん」叔母さんはにやにや笑っている。主人は真面目になって
「お前などは百も二百も生きる気だから、そんな呑気(のんき)なを云うのだが、もう少し理が発達して見ろ、保険の必を感ずるに至るのは前(あたりまえ)だ。ぜひ月から這入るんだ」
「そう、それじゃ仕方がない。だけどこないだのように蝙蝠傘(こうもり)を買ってさる御金があるなら、保険に這入る方がましかも知れないわ。ひとがいりません、いりませんと云うのを無理に買ってさるんですもの」
「そんなにいらなかったのか?」
「ええ、蝙蝠傘なんかしかないわ」
「そんなら還(かえ)すがいい。ちょうどとん子がしがってるから、あれをこっちへ廻してやろう。今日持ってたか」
「あら、そりゃ、あんまりだわ。だって苛(ひど)いじゃありませんか、せっかく買ってすっておきながら、還せなんて」
「いらないと云うから、還せと云うのさ。ちっとも苛くはない」
「いらないはいらないんですけれども、苛いわ」
「分らんを言う奴だな。いらないと云うから還せと云うのに苛いがあるものか」
「だって」
「だって、どうしたんだ」
「だって苛いわ」
「愚(ぐ)だな、同じばかり繰り返している」
「叔父さんだって同じばかり繰り返しているじゃありませんか」
「御前が繰り返すから仕方がないさ。現にいらないと云ったじゃないか」
「そりゃ云いましたわ。いらないはいらないんですけれども、還すのは厭(いや)ですもの」
「驚ろいたな。分暁(わからずや)で強情なんだから仕方がない。御前の校じゃ論理を教えないのか」
「よくってよ、どうせ無教育なんですから、何とでもおっしゃい。人のものを還せだなんて、他人だってそんな不人情なは云やしない。ちっと馬鹿竹(ばかたけ)の真似でもなさい」
「何の真似をしろ?」
「ちと正直に淡泊(たんぱく)になさいと云うんです」
「お前は愚物の癖にやに強情だよ。それだから落するんだ」
「落したって叔父さんに資はして貰やしないわ」